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Midnightblue

マイペースに、のんびりと

中丸担時代~2016年春から

前回の記事もありながら、Twitterでの会話を受けてこっちの続きを書くことにした。

mknkn0.hatenablog.com

1年前の春からの話である。

 

3月になり名古屋と大阪へ行くことが決まった。東京へも行きたかったけど仕事の関係で諦めざるを得なかった。

 

レギュラー番組が終わっていくこと、充電期間を迎えることも発表されていて、複雑な気持ちは持続していた。

 

そんな中で10周年を迎え、3月25日にМステを見ることになる。

その日の私は、ずっとワイプに映る中丸くんを心配していた。顔色が悪く見えて気になって仕方なかった。

私が見た、4人での最後のパフォーマンスと、3人での最初のパフォーマンス。

 

君のユメ ぼくのユメで上田くんが涙を見せた。

 

その時の自分の感情は割と冷静だったと思う。見返した時、Real Faceで田口くんの肩を組んだ上田くんがどんな感情だったのかと考えていた。

上田くんはマイクを何度か持ち替えて田口くんの肩を組みにいっていた…

 

4月になって名古屋参戦、オールスター感謝祭、大阪参戦として、目も心も間違いなく中丸くんを見ていたけど、頭の中に残るのは上田くんの言葉だった。

 

一緒に戦ってほしい、他のメンバーが何かに出てる時に自分のファンも応援してほしい

 

 

5月1日のライブ終了からKAT-TUNは充電期間に入った。

 

私は6月にNEWSのコンサートに行くことになっていた。なかなか気持ちはQUARTETTOへと向かなかったがそれでも切り替えて、6月には東京ドームへ行った。ライブは楽しかったし、出来る範囲で後悔のないようにと思った。

それが1月から悩んでいたKinKi KidsのFC入会へと繋がった。会員証が届いた頃、アリーナツアーが決まり、どうしようか悩むうち、今まで何度も考えていた掛け持ちについて再び考えるようになっていた。

 

それまでKAT-TUNとNEWSを同じ熱量で応援していたつもりだったので掛け持ちとしていた。ではKinKiの存在は何なんだろう?と。

ずっとぼんやりとではあるがそのことを考え続けていた。

 

そのうち上田くんの連載がプレオープンした。挑戦状を送ってスタートを待った。

 

8月の誕生日にKinKiのツアーを申し込み、程なく上田くんの連載はスタートした。

 

連載は集会だった。挑戦状への答えはとてつもなく可愛かった。そして何気なく見始めたquarterのDVDのソロアングルを見続ける自分がいることに気づいた。

 

その時点で改めて担当って何だろうと考えた。

私はそれぞれのグループの好きな人を担当と呼んでいた。普通はそうなんだろうと思う。中丸くんもシゲのことも好きという気持ちから担当になったし、好きな気持ちは変わらない。

でも、一番に応援したい人を担当と呼びたくなり、その時点でその人は上田くんになっていた。

好きな人は何人いてもいい。でも担当と呼ぶ人はひとりにしたい。

 

それを決めた8月の半ば、私はNEWS担として持っていたアカウントを消し、上田担になった。

 

 

 

応援スタンスは徐々に変わりつつあるが、KAT-TUNのことは、それまで以上に3人それぞれを見て応援するようになった。

KinKi Kidsは、コンサート参戦後から熱はやや上がり、20周年が楽しみなのと舞台SHOCKを見に行きたいと考えてたりする。

NEWSは、一番揺らいでるところで、今はとにかくアルバム待ち。

 

結局、はっきりしたきっかけがどこにあったかわからないけど、1年前の春から気持ちが徐々に動いていたのを夏になって受け止めることが出来たのだと思う。

 

半年以上経ってようやく気持ちが整理できたかもしれない。