読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Midnightblue

マイペースに、のんびりと

中丸担時代~2016年冬まで

KAT-TUN

中丸担、シゲ担の掛け持ちから上田担になってもうすぐ半年になる。10Ksを流しながら何回か書き直した下書きを再び書き直している。

初めての担当である中丸くんのこと、中丸担時代のことを振り返ってみる。

 

私が担当について初めて考えたのはTwitterを始めた時。それまでは担当という言葉も知らずその概念もなく、メンバーで誰が好きとか考えたことがなかった。

KAT-TUNの音楽が好きでありグループとしてのKAT-TUNが好きだったから。

ちなみにメンバーは茶の間時代は6人、オタクになった時は5人、Twitterを始めた時には4人だった。

 

そんな話は置いといて、、

4人の中で誰が好きだろうと考えた時に最初に浮かんだのが中丸くんだった。ツイフィールには2014年秋から中丸担としているけど、実際は5人の頃にはすでに好きだったと思う。

何がきっかけかというと歌声。最初は誰がどこを歌ってるかなんてわからなかったし、さほどソロのパートも気にしていなかった。ある曲で中丸くんの声を強く認識してからこの人の声が好きだなあ、と思うようになった。加えてソロ曲も好みだったこともあり、キャラクター的にはあまりわからなかったが中丸くん寄りのオール担ということでTwitterをスタートさせた。

ちなみに中丸くんの存在が私に印象付けられたのは冠番組のバンジーである。あれを見て私はテレビ画面に突っ込んだ。

 

「飛ばねーのかよ!!(笑)」

 

それはさておき、Twitterをきっかけに中丸くんを意識して見るようになってどんどんハマっていく実感はあった。どこが好きかと聞かれれば歌声もそうだけど、ヒューマンビートボックス通信制大学卒業にみる努力家の部分、シューイチで見せるちょっととぼけたキャラとアイドルとして見せるキャラとのギャップ、ファンの目線を持って色々な企画をし楽しませてくれるところ…などまだまだあるけど割愛。気がつけばすっかり中丸担になっていた。

DVDを観る時、HBBのコーナーは飛ばしがちだったんだけどね(笑)

 

私にとって東京行きのハードルは高く感じていてquarterが決まった時は申し込みを迷った。ツアーが決まるだろうし次でもいいかなとも思ったりしたけど、ユニット曲を聴ける機会はこのコンサートしかないかもしれないと考え思い切った。当時のフォロワーさんに声を掛けて頂けたことも大きかった。今思えば…参戦しなきゃ絶対後悔してたし、現在hyphenではなかったかもしれない。

quarter参戦後、色々なことが重なってKAT-TUNから離れようと思ったことがある。ゆるくKAT-TUNを応援していければいいかなと思いながらも中丸くんに対する思いに変わりはなく、むしろさらに強くなっていた。

 

最初にあるように当時はシゲ担としてNEWSと掛け持ちしていた。NEWS担として持っていたアカウントでNEWS担としてTwitterを続けながらKAT-TUNも応援するという形だった。

 

そんな中でのあのベストアーティストの放送。自分がどれだけKAT-TUNを好きだったか思い知らされた瞬間だった。この時点で中丸くんに対する思い入れがそこまでなければあの放送を見ても大きなショックは受けてなかったと思う。

 

その後の不思議な期間のことは思い出したくないが、4人のKAT-TUNを見ることが苦しくてマイナスな感情も含めとにかくいろんな感情が渦巻いた。10Ksが決まってようやく救われた気がした。

 

 

これが昨年の2月まで。この時点で半年後自分が担替えすることになるとは夢にも思っていなかった。

続きはまたいつか書きたいと思う。